つぶやき

完璧じゃなくてもいいじゃない。

MacにiPhoneを思いっきり落としてしまった。

大丈夫だろうか。
Macを何度もさすっていた。
ごめんね、だなんてMacに言っていた。

私は、自分を嫌いな時と好きな時の両極端が激しい人間だった。

自分が嫌いだったから、苦しかった。
それでいて、プライドが高かったから、めんどくさい人間だった。

そんなんだから、人から怒られた時なんか、しゅんとして、「やっぱり私はダメなんだ」と思う自分もいれば、「いやいや、私はこんな怒られるような人間じゃない!なんで怒られなきゃいけない!」と、そういう2つの気持ちが襲ってきた。

成績が悪かった時も、「私だめだー!馬鹿なんだー」と思う自分もいるし、「頑張ってなかっただけ。やる気出してなかっただけ。私はこれくらいの点数の人間じゃない」と思っている自分もいた。

人から「ダサい」と言われても、人から「可愛くない」と言われても。
同じように、両極端な気持ちで揺れ動いていた。

そういう、面倒な性格だったので、こじらせていたと思う。

馬鹿でいいじゃないか、と思えたのは19の時だった。
完璧じゃなくても大丈夫。
むしろ、完璧じゃない人間になりたい、と思った。

憧れる人ができたからだった。

こんなに人に惹きつけられたのは、初めてだった。

その人は、自分のことをネタにして、自虐ネタバンバン言うし、自分が馬鹿なことも、自分が完璧じゃないってことも、晒していた。

でも、不思議とそれが魅力になっていて、私は未熟な若者ながらに「こういうのを本当にかっこいいと言うんだろうな」と思った。

それは、衝撃が走る出来事だったのだ。

それから、必死だった。
その人を目指して、必死だった。

そんなことをしていたら、だんだん楽になった。

私は、馬鹿だ。
私は、完璧じゃない。

そんな自分を初めて好きになれた。

人に怒られても、少しは凹むが、「やっちゃたね!次頑張ろ。ドンマイ」と自分に素直に言える女になったと思う。

まあ、まだまだプライドが高い人間だとは思うけれど。

そういったささやかな出会いで、人は変われる。

そうやって、私もささやかに、人に明るい影響を与える人間になりたい。

私は、Macを触っている自分が好きだ。

Macはかっこいい。
でも、それだけじゃない。

かっこいいデザインのMacを使っている私。
に酔っている部分もあるとは思うけれども、それだけじゃない。

私は、自分の技術で、自分の作り出したもので、食べていけている、そんな事実を誇らしく思っている。
ついでに、そんな私の作ったものに影響されている人がいる、そんなことも嬉しい。

まるで、あの人のようだからだ。

その人も、決して勉強はできないし、完璧な人間ではないけれど、自分の力で生きていっている。

私は今、Macで食べていっている。
自分の努力で食べていっている。

馬鹿でも、完璧じゃなくても、生きていけている、自分を生かせている。
その事実が、言葉にできないほど嬉しい。

Macは、自分にとって、初めて自分にできた「完璧な人間じゃなくても獲得できた自信」のあらわれだ。

だから、Macが好きだ。

MacにiPhoneを落としてしまったけれど、大丈夫だろうか。
Macはもはや、私にとって友達だ。

大きな存在で、大好きな存在。

私に人生の自信を与えてくれた存在。

非常に気持ち悪い表現だが、たまに、Macを傷つけてしまうたびに、Macへの愛に気づく。

今日もそんなことを考えていた。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA